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結婚のメリット・結婚しないメリット

最近、バツイチ独身貴族の後輩男子と会話してて、

彼にやたらと、

「そういう話を聞くたびに、結婚したり子供つくったりしたくないなーって思うんですよねー」

と言われちゃったので、やっべー!となり。(;´Д`)

いやいや、「結婚いいよ。たのしいよ。」って言ったんだけど、

むっちゃ懐疑的な目で見られ、

「全然説得力がない」と言われてしまいました・・・ダヨネ_| ̄|○

なので、ちょっと冷静に考えて、ホントに結婚するメリットってなんなんじゃ?ということについて語ってみようかと思います。

つーても私もまだ結婚生活5年選手なので、大したことは言えないと思うんですが・・(;´Д`)

私が思う、結婚のメリット。それは、実は、

恋愛感情とは恒久の感情ではない、という発想に基づいております。

なーんて言うと、結婚反対派からは、それ見たことか!結婚はまやかし!自己満足乙!とか言われちゃいそうなんですが。。

でも実際さ、恋愛感情って言うのは、そもそも論、

子どもをつくらせるためのドライブと言うか、ブースター機能なんですよ。生殖上。

子孫を残したいというプリミティブな本能があり、そのために突き動かされる感情が、恋愛感情。乱暴ですが、大本は、それです。

恋をすると、しばらく盲目的になり、相手の悪い部分も見えなくなり、

そして衝動的に相手といっしょにいたくなり、独占したくなる。それは、すべて、

そうやって理性を遮断し、一気に本能の赴くままに子供をつくらせてしまわんがための

生物的な営みだったりすると思うんです。

男が若い女の子を好むのもそれです。

たくさんの女子にモテたくて、あっちこっちで精子ばら撒こうとするのも、それ。

そして、女子が、ハイスペ男子にポーッとなるのも、それ。

いかに自分の子孫が有利に残せるか、というDNAの働きで、いろいろな選択がなされている。

それは、完全に理性的な選択ではなく、半ば本能、感情の赴くままだと思う。

そして、それは、人生7、80年だとして、そのうちの、若い頃。2、30年間くらいに集中する。ヒトが恋愛に我を忘れるのは、10代の最後から、せいぜい40過ぎくらいまで。

その間に、一体何回恋愛をするんでしょうか?

人によっては、真剣恋愛を10回くらいはするかもしれません。

なぜなら、人の恋愛感情とは、3年めくらいからどんどんもり下がって行き、大体4年で一区切りつけるから。

どんなに夢中だった相手にも、4年で冷静な見方を取り戻してしまう。

これがお猿とか他の動物だと、

4年ごとに相手を変えて生殖活動をしていくのかもしれないけど、

人間は、数少ない子供を家庭および地域コミュニティで育て上げるという社会システムなので、

どうしても長い期間、「親」が子供のそばにいる必要がある。

なので、結婚と言うシステムが発展してきたわけですね。

人間のホルモンは、よくできていて、

恋愛中は、興奮物質のPEAがドーパミンなどを出させますんで、

寝ても覚めても元気に相手を想うことができ、万能感を得られますが、

3年を境に、そのホルモンは出なくなり、代わりに、

幸福ホルモンである、オキシトシンという物質が分泌されるようになるんですね。

これは、その名の通り、心が平安になり、安定感が出て、

穏やかに幸福をかみしめられるホルモン。(母性ホルモンでもあります)

これを、男性が出せるようになると、恋愛の激しい希求から、穏やかで安定した幸せを感じる状態に移行します。

(ちなみに、オキシトシンをよく出している男性は、誘惑に強く、浮気しにくいらしい!です)

というわけで、結婚とは、恋愛の盲目的で、パワー炸裂、無我夢中な状態から、安定した穏やかな幸せへの移行であると考えられるわけです。

恋愛の精神が興奮している状態は、そんなに長く続くと、人間の神経を破壊してしまうほど刺激が強いので、結局恋愛とは、3,4年を目安に冷めていくしかないものなのです。

それに比べて、

信頼するパートナーと触れ合い、安心し、安定した心理状態を守ることができる、

ポスト恋愛時代の関係は、長く続く、精神的に満たされた状態だとも言えます。

これが、一見、「恋が冷めた」とか、「もはや彼を恋愛対象と見れない」的な

ネガなとらえ方もできるせいで、

世の中的に、恋愛>結婚的な見え方をしてしまうのでしょう。

でも、よ~く考えてみると、

一生ドキドキした恋愛を続けるのって、そもそも求めるほうが無茶だって私は思うんですよ。

ずーっと恋人のようなカップルって理想ですけど、結局、いっしょに生活していれば、3年たったころには、ドキドキなんかしなくなるわけです。

で、それでも、「ずっと女として求められたい!」みたいに思うのって、私は、どこかの欠落のように思うわけで。

オキシトチンが結婚相手との間で十分に分泌されていないからなのか、

それとも、よっぽど尊敬できない相手と結婚しちゃったのか、

はたまた、「ドキドキしてなきゃ人生じゃない!」という思い込みを持っちゃってるのか、

だと思うんです。

人間は、あるところで、自分が愛されてかわいがられるよりも、

だれか自分の血を受け継いだ者だったり、社会の中で守るべき対象だったりを、

育てていくために、気持ちがシフトして行くのが普通で。

いつまでも、愛され願望、若い子と張り合いたい願望でいるのは、しんどいだけだと思う。

そう、生涯女でいたいのは分かるけど、そういう強迫観念でいると、かえって、しんどいだけだと思うんです。だって、女はいつかは歳を取り、競争力を失っていくんですから。

私はね、いつまでもハラハラドキドキしていたいっていうのは無理があって、

人間どこかで、家庭を持って、安定した生活の中に、自分の未来を築いていく、

そして後継者を育てていくことに、幸福を見出す生き物なんだと思うんです。

そこにメリットもデメリットもない。

ただただ、自分が誰かのためになっている、

誰かを育てて、誰かの未来の礎になっている、という実感。

その充足感は、他の何物にも代えがたいものだと思います。

たとえば、会社で後継者を育てている人は、そこに充足感を見出すかもしれません。

社会活動をしている人も、社会の、顔も知らぬ誰かを救っていることに、

満足するかもしれません。

そういうことでもいいんですが、

家庭と言う、一番身近なユニットで、

自分が頼られ、自分の力を必要とする人を守り、

自分のおかげで人生を幸福にできる人がいる、というのは、

たぶん、何物にも代えがたい経験だと思います。

そして、それを、配偶者というパートナーとともに、実現して行くためには、

たくさんの試練を乗り越えなければなりません。

男女ですから、考えも違うし、価値観も違う。

感情的になるか、理性が勝つかも違う。

毎日新たな発見をするくらい、

全然違う生き物と共同で、この人生のプロジェクトを推進しなければならない。

それが、何より、意義のあることだと思うんです。

つまり、子育てだけではなく。

結婚生活と言う、責任を伴った生活、関係性の中で、

妥協したり、衝突したりしながら、相手を理解し、そして受け入れていく、

さらには、誰にももう入ることのできない確固たる信頼関係を築くことは、

長い時間と、近い距離からしか生まれないのだと思います。

毎日、ずっとを、何年も。

繰り返すことで、分かること。

重ねることで、できるようになること。

そして、いつでも新鮮におどろくようなこと。

そういう毎日にこそ意味があり、重みが出る。

それは、3年ごとに相手を変える、恋愛関係では絶対に到達できない境地だと思う。

私の祖母が亡くなった時、

脳卒中で倒れて半身不随になって、言葉もろくにしゃべれなかった祖父が、

お骨を拾いながら、ボロボロ涙をこぼしてた。

黙って、ボロボロボロボロ、泣いていた。

その姿を見て、私は、

私もこんな風に、ただ無心に泣きながら自分の骨を拾ってくれるような人を

見つけたい、と強く思った。

そういう境地って、たぶん、他人にはもはや想像もできない高みにあるような気がして。

そこまで行ったら、もう、恋のドキドキがとか、

倦怠が、とか、嫌悪感が、とかそんなこと、超越しているんだろうなと。

老年にいたって、黙って手をつなぎ、ゆっくり穏やかな表情で散歩している夫婦を見たりすると、本当に、自分もそうなりたいなと思う。

私も、男女の、夫婦の信頼関係が、長い年月をかけて行きつく場所を見てみたい、と思う。

それはきっと、結婚して、何十年も経ないと見られない風景で。

いま結婚数年だの、十数年だので、判断するようなものではないように思うんです。

メリット、デメリットで言うと、確かに、当面、

子育てのことで言い争いにもなるでしょうし、

あれこれ規制されることもあるでしょう。

自由でいたいのに、束縛される気持ちだろうし、相手に対する責任感が重くのしかかり、

逃げ出したい気持ちにもなると思う。

でも、その重み、その不自由さ、その責任が、

すべて、人生に重さと深さを与えてくれる。

その制約が、逆に、長い人生における真の幸福を、垣間見せてくれる。

たとえば、独身だった35から40のころ、私は本当に、鬱でした。

仕事も円熟の域に達し、経済的にも安定し、好きなことは何でもできるし、

美味しいものを食べることも、行きたい場所に旅することもできた。

欲しいものは、大体、手に入れられた。

友人もいて、さびしくもない。

趣味だってあって、毎日充実している。

でも。

でも、毎日ごみを出すたびに、虚しくなった。

自分の生きるためだけに、自分が生きているという、当たり前の状態が、

耐え難いほど軽く、虚しいものに思えた。

誰かの何かを背負いたい。

誰かのために、生きていたい。

その激しい希求は、驚くほどでした。

毎日出るごみの意味が、結婚すると変わるんです。

結婚してからは、毎日のどうでもいいルーティーンが、

とても得難いものに思えました。

彼の洗濯物を洗って干すときに。

家を掃除してきれいにするときに。

ご飯をつくって生ごみを出すときに。

ああ、私は、いま誰かを生かすために、生きているんだと。

私の人生は、誰かの人生のためになっている、と。

そのささやかな幸福が今も私を支えているのです。

子どもができればなおさら、

その毎日幸せは、未来へつながって大きく膨らみます。

子どもがたくさん食べた食事の後片付けをするときに。

子どもの着る服を畳んでいる時に。

子どものできるようになったことを数えている時に。

自分は、誰かを生かしていて、

だからこそ、私も生かされている、と。実感する。

そういう幸福は、

誰かに、お姫様のように大事にされる幸福よりもずっと深くて、

温かくて、たぶん一生心に残るもの。

たとえ相手から何も返って来なくても、

自分自身が、その時、そうしていることで得られる幸福を、知っている。

だから、これに勝る幸福はないのではないかと思うほど。

恋のドキドキも素敵でした。

恋は私に、万能感を教えてくれた。

勇気と、限りない多幸感をくれた。

でも、そういう数年の激しい想い、切ない恋情を超えたその先に、

燃え上がるわけではないけれど、熾火のように、じんわり心を温めてくれる想いがある。

何も言わずともわかってくれる、

何か苦しい時に、誰よりも先に、味方になってくれる、

そういう安心感と信頼感を持てる人が、しかも他人が、

そばにいるというのは、

体験してみないと分からない幸福感なのです。

結婚のデメリットは、もちろん、相手との不和でしょうし、

相手との衝突だったり、相手から受ける攻撃だったり、それに対処する面倒さだったりするでしょう。

金銭的な不安もありますね。

でも、そういうデメリットは、本来は、もっと大きな幸福に向けて、越えていくべき

小さなステップなのだと思います。

そういう不和や衝突を超えることで、そこに対処する方法を身に着けて行くことで、

だんだん心地よい関係を作り上げていく。

そこをはしょることはできない。

一足飛びに、幸福な関係に移行することはできなくて、

いろいろなものを乗り越えていく過程こそが、

結婚生活の醍醐味だし、

そこで学ぶことが、人生の糧になるんだと思う。

私は結婚してから、本当に、穏やかになったと言われます。

仕事相手に対して攻撃的な口調で責めることもなくなったし、(笑)

大概のことで怒る前に、こらえるようになりました。

実は、旦那も同じように言われているようで。(笑)

別人のように大人になった、と言われるそうです。

人間て、いくつになっても成熟して行く生き物で。

成熟した先でしか見えないものがあると思うんです。

結婚したいけど、経済的な理由で結婚できない!という若者もいると思います。

女子の側でも、相手が結婚に踏み切ってくれず、焦るケースもあると思います。

でも今時、条件が整うまで待っていたら、結婚なんてできない。

どこかでえいや!っと、恋の熱情の勢いを借りて、結婚に踏み切ってしまったほうがいい場合もあると思います。

あとは、相手任せにせずに、自分も当事者意識を持って、結婚生活の維持のために、努力すればよくて。

OLで給料が少ない人は、彼の稼ぎをフォローするために、

もっとスキルを磨いて、いい仕事を探すとか。

生活能力を上げて、生活費がかからないよう工夫したり。

理想の暮らしをするために、結婚するのではなく。

理想の人生を送るために、相手を選ぶことが大事だと思う。

どっかの本のタイトルじゃないけど、(ごめん、まだこの本の中身は読んでない)

年収350万の男を育てればいいんですよ。

年収1000万の男を血眼で探すよりは。

私も、「育てる」の、賛成派。

できあがったいい男よりも、「結婚した後素敵になった!」と言われる男を

見つけたほうがいい。断然、そのほうが幸せです。

だって、相手から見ても、「お前のおかげだ!お前しかいない!」って思われるからね。

(うちの父親なんかも、結婚前は全然イケてない男子だったのを、

うちの母親がいい男に育てたと思う。

会社員時代の晩年は、ナイスミドルで超モテましたw)

大事なのは、自分が育てる余地があること。

相手に、見どころがあるってこと。

私の知り合いのご夫婦にも、

素晴らしい目利きで、並み居る求婚者を押しのけ、

「この人と人生を送ったら絶対に面白い!」と

直感した男性を選んだ女性がいて。

その方は、結婚当初はただの新入社員でしたが、その後ぐんぐん出世されて、

大企業の役員まで上り詰めていました。

そして引退された今でも、手をつないで旅行しているような、ラブラブカップルです。

結局、どの相手とこの先の人生を送って行くかは、自分の目、直感に頼るしかない。

今ある彼の肩書だの、経歴なんか、正直、関係ないと思うんです。

それよりも、自分が切磋琢磨し、

本気で喧嘩したり、言い合ったり、でも仲直りしたりして、

感情のやり取りをしながら、関係を構築して行ける相手かどうか、が大事で。

男性からしたら、見た目とか若さとか、セクシーさとか、ちょっと料理が上手とか、全然関係ないからね!!(爆)

女は、気立てですよ。誠意を持って、相手に尽くせる気性かどうか。

子どもを育てるだけの、深い愛情を持っているかどうか。

そして、働き者かどうか。

そういう女性と結婚できたら、

一生の宝物を得たと思ったほうがいい。

男の人生は、配偶者で決まるから。

話が長くなりましたが、言いたかったことは。

結婚とは、長く続けることでしか見えてこない幸福の境地があり、

そこへ行くまでは、一見いばら道にも見えるということ。

だけど、そのいばら道を、越えて行くことにこそ、

人生の意味があるのだと。

達成感があり、そこを超えた人だけが共有できる、

「そうそう!そういうもんなんだよ、人生は」という達観の境地に、

至ることができることが、何よりも意義深いのだと思うのです。

・・・・・

って、やっぱり説得力ないかも?!(;´Д`)

全然結婚したい気分にならなかったらゴメンナサイ・・・。

でも、ホント、

いいよ、結婚。

毎日、とてつもなく深い安心感と、幸せに包まれますよ。

ただ消費して行く毎日ではなく。

積み重なっていく人生とは、本当に、心を穏やかにしてくれるものです。

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コメント

  1. 吉田 より:

    すごくいいなあと読んでましたら、偶然見つけた政井マヤさんのブログがなんだかとても素敵でしたので、ぜひお時間ある時に、、
    http://ameblo.jp/masai-maya/entry-12258847877.html

  2. 七夕 より:

    誰恋愛部長さんの考えをぜひ教えて頂きたいです。
    本当に素敵な夫婦だな、もっと素敵な夫婦になっていくんだろうな〜と思っていた自分の両親のうち、父が数年前に急死しました。
    また、私自身の恋愛にもいろいろ嫌なことがあり、かつての恋愛体質からすっかり変わりました。
    付き合ったってどうせ別れる、結婚して楽しく生活できたとしても、いつか一方の死が他方を深い悲しみに落とすことになるとさえ思ってしまいます。

    最終的に悲しい別れが待っていたとしても、それがどんなに辛く苦しいものでも、愛する人を傷つけるものでも、
    やはり結婚はいいものなのでしょうか?

    こじれたコメントですみません。

  3. renaibucho より:

    >七夕さん
    コメントありがとうございます。
    とても素敵なご両親だったのですね。そういう結婚生活の成功例をご自身が知っていることって、ものすごい財産なんですよ!私なんか、仲の悪い両親を見て育ったせいで、めっちゃ結婚に懐疑的でしたから(笑)そういう意味でも、お父様は亡くなられてしまっていても、お父様が遺してくださったたくさんのものが、そこにはあるんだと思うんです。
    いまはお母様も悲しみのどん底だとは思いますが、きっと、「だったら出会わなければよかった」「結婚しなきゃよかった」なんて微塵も思っていないはず。また生まれ変わったら結婚したい!と思ってるはずです。それってすごいことです。
    誰とも心通わず、生活もともにせず、最愛の子どもにも会えず、一生を終えてしまうことの方がよっぽどさびしい。
    七夕さん自身が今は、恋愛に懐疑的な時期なんだと思うんですが、恋も、結婚も、相手が変われば、180度見える風景が変わるもの。ほんの少ない経験値だけですべてを否定して心を閉じてしまわないでください。七夕さんを傷つけた人がいたとしても、これから出会うすべての人が傷つけるとは限りません。七夕さんが、理想の結婚像を知っていて、それを願う限り、きっとその願いに到達できると思うんです。
    そういう意味ではホント、ご両親に感謝されたほうがいい!!そんな身近に理想像がいるなんて羨ましい!
    懐疑的な時は、ネガティブな情報ばかり集めてしまうものですが、逆に、自分が目指す恋愛をしている人や、カップル、夫婦を見るようにすると、またきっと違うものが見えてくると思いますよ!

    • 七夕 より:

      恋愛部長さん、早速のお返事を頂きありがとうございました。

      この春から私は親元を離れて一人で暮らし始めましたが、恋愛部長さんのコメントを読みながら楽しかった3人での生活を思い浮かべて悲しくなり、でも悲しいと思える家族との幸せな思い出があることに、はじめて「ありがとう」と思えました。悲しいという気持ちと感謝の気持ちを一緒に持つなんてなかなか無いので、なんだか変な感じです。

      父が遺していったものがそこにある、ということと、付き合う相手が変われば180°変わる、といって下さったことが印象的でした。
      父も私が心を閉ざすことを望んでいなかったと思うし、まだまだ想像はできませんが、いいなあと思う人がいたら、心を閉ざさず自然体で接していきたいと思います。

      羨ましいと言って頂き、嬉しい限りです。両親に感謝を忘れず、誰かを信じていきたいです!

      お忙しい中、素敵なメッセージを頂きありがとうございました。

  4. 休乃 より:

    恋愛部長さんこんばんは。

    以前のブログから 拝見するだけでしたが、今日初めて
    コメントさせていただきます。

    おじい様が泣きながら、お祖母様の骨を拾ったというくだりに
    号泣しました。

    私は、30代で急遽夫を喪い、それこそ号泣しながら 子供と一緒に
    主人の骨を拾った者です。

    私達 夫婦はそれは仲が良かったので おじいさまもお気持ち分かります。
    私達の方が結婚生活は短かったので、おじいさまの悲しみは
    私の何倍かはかり知れません。

    主人を失って、悲嘆にくれる事、何年でしょうか。

    そんな中、私を幸せにしたいと言ってくれる男性に出会いました。

    彼は、いつも おじいちゃん、おばあちゃんになっても
    変わらず一緒にいよう。
    君がボケてもオムツ変えるから。とまで言います。

    いつも、おじいちゃん、おばあちゃんのお話。

    とにかく、60年後までは呆けずに私のお世話をしたいと言って下さいます 笑
    二人とも100歳超えますが。

    私の方が少し歳上ですので、あり得るお話ですね。

    でも、私、おじいちゃん、おばあちゃんになっても 手を繋いで歩きたいんです。

    そして、今度は私のお骨を号泣しながら 彼に拾って貰いたいです。

    あー、長生きせねば。

    こんな 感情を思い起こさせて下さって有難うございました。

  5. ゆー より:

    恋愛部長様、こんばんは。
    結婚とはやっぱり偉大なものですね。人を変えたり、独身では味わえない感情や景色があったり。

    私は自分のための時間が捨てられず…色んな話を聞く度に結婚したいと思っていてもネガティブなイメージも拭えませんでした。
    私は結婚に向いてないのかと。

    でも亡くなった母には見せられなかった花嫁姿、孫の姿を父には見せたいなって思うんです。母親になった自分も見てみたい。
    誰と結婚したら私は父母のような夫婦になれるだろうと自問自答の日々です。

    あと大好きだった元彼も結婚し、きっと恋愛部長様のような気持ちで結婚し、生きていくのだろうなとこの記事を読んで重ねてしまい、少し切ない気持ちにもなったのも事実です(^_^;)
    ネガティブじゃだめですね。

    私も誰かを守る、支える暮らしがしてみたいです。